コーヒー閑話~コーヒーとお祈り

皆さん、コーヒーを最初に飲んだ人ってどんな人たちだったか知っていますか?

実は、イスラム教の修道士たちだったと言われています。コーヒーの覚醒作用を祈祷に役立てたのです。イスラム教の方々に限らず、祈りが長きに及ぶと眠くなることしばしばです。

「牧師のくせになんて不謹慎な!」と思われるかもしれません。確かに。でも、聖書はそういった人の弱さを隠しません。聖書には、祈っている途中で眠ってしまった人が何人か登場します。たとえば、自分たちの師であるイエスが死を前にして必死で祈っている間に、一緒に祈っているようにと言われていたにも拘わらず眠りこけてしまった弟子たち。

そのうちの一人であるペテロはずっと後になってから、やはり祈りの途中に性懲りもなく眠ってしまったことが記されています。しかし前者において、眠っていた弟子たちに対しイエスは言われました。

「霊は燃えていても肉体は弱いのです。」後者においては御使いが眠っているペテロの夢の中に現れて、その後の教会の行く道を左右するようになる、実に重大なことを告げられました(マタイの福音書26章、使徒の働き10章 聖書・新改訳2017)。

つまり、聖書の神は、私たちの肉体の弱さをご存知で同情してくださるのです。また、その弱さもご自身の大切な働きのために用いてくださるのです。(もっとも祈りを睡眠の機会にすることを奨励するものではありませんので、悪しからず)

ですから、コーヒーは、牧師の祈りのお供よりも受験生たちの頑張りのお供にいいかもしれません。折しも受験シーズンです。受験生たちにエールを送ります。

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